ビジョン、ミッション、バリュー策定のプロジェクトでは、以下の4つの問題が起きがちだ。
- ビジョンなのかミッションなのか経営理念なのかCREDOなのか言葉の定義ができず、何からどう考えていけばよいか分からない。
- プロジェクトメンバー各々が様々な観点から意見し、まとまりがつかない。
- 経営者の想いが強く、周囲のメンバーがそれに迎合。十分なディスカッションが行われない。
- 社員の共感が得られない。浸透しない。
1つ1つ順番に考えていこうと思う。
まず1と2の問題だが、これらはいずれも言葉の定義の問題だ。過去の記事「ビジョン ミッション バリューとは」を参照いただきたい。フレームワークを用い、ビジョン、ミッション、バリューが指し示す内容と役割を整理することで、この問題の大方は解決できる。「残り」は会議進行役のスキルだと言って良い。ただでさえ正解のない抽象的な概念をディスカッションするのだ。ホワイトボードや付箋に皆の意見を書き出し、整理し、意見をまとめあげていく難しさはすぐに察しがつくはずだ。ディスカッションがあるべき路線を逸脱したときに、元へと戻す必要も出てくる。進行役の入念な事前準備と想像力、調整力が策定会議の質を決めるのである。
次に3「経営者の想いが強く、周囲のメンバーがそれに迎合。十分なディスカッションが行われない」という問題であるが、ビジョン、ミッション、バリュー策定の「理想的なプロジェクトイメージ」を事前共有することでこの問題は解決できる。経営者の想いが強いことは決して悪いことではない。しかし、経営者の想い=組織として考え抜かれた精緻なビジョン、ミッション、バリューであるとは限らない。「組織として考え抜かれた精緻な」がポイントだ。
経営者ならびにプロジェクト責任者は、各部門を代表するプロジェクトメンバー(※1)の意見が例え美しい言葉として発せられなくとも、熱を帯びた想いや考えにしっかりと耳を傾け、汲み取り、咀嚼し、それらを包括した最終アウトプットをするのが理想であろう。末端まで浸透することを考えると、プロジェクトメンバー各々が、心から賛同できる策定をするのが理想であろう。策定したビジョン、ミッション、バリューが全企業活動の基本的価値観として機能し、社員のマインドや行動を良い方向へと導くことが理想であろう(※2)。こういった理想的なプロジェクトイメージを事前に共有することで、イメージ実現に向けて自然と意識がアラインされていくケースが多い。それはつまり、プロジェクトメンバー間に波風を引き起こすことなく、想定された事態を招かない布石として機能することを意味している。
※1 SimmeLでは、ビジョン、ミッション、バリューの策定プロジェクトを経営陣や経営企画室だけのプロジェクトとせず、多くの社員を関与させた全社プロジェクトとして推進することを提案している。
※2 本来ビジョン、ミッション、バリューとはそういうものなのだが、時としてそう機能しないものがセットされる場合がある。
4「社員の共感が得られない。浸透しない」という問題が起きる原因は、以下の3つに分解できる。
- 「内容と策定方法」
- 「経営者の社員に対するコミュニケーション量」
- 「浸透方法」
まず、Iについて。これは詳しく言及するまでもなく、設定した概念や価値観と社員との距離があまりにもある場合のことである。今まで感じたことも考えたこともないコトを、ある日突然、組織の基本的な価値観だとされても共感が得られるワケがない。なぜ、こういった距離が生まれるのか。
ビジョン、ミッション、バリューのうち、考えやすいのがミッションだろう。なぜなら、「べき論」としてディスカッションしやすいためだ。現状がどうであるかという視点を欠いて理想像だけが追われていくと、時として実現可能性が全く見えない崇高な概念にまとまっていく。その頭でビジョンやバリューを勘案すると、崇高なミッションに思考が引っ張られ、ビジョンやバリューもそういった方向性に自然となるものだ。そうして決まったビジョン、ミッション、バリューは社員との距離をつくる。もちろん、共感は進みにくいだろう。それを防ぐために、「組織集団の中で暗黙的に存在しているものを言語化する」という別のアプローチもあるといい。しかし、このアプローチから入ると、プロジェクトメンバーの思考が止まり、情報整理作業メインのプロジェクトにもなりかねないので注意が必要だ。複数のアプローチを正しい順番で進めること、時にはリフレッシュした思考で見つめ直すために「寝かせる」ことも必要だろう。
だからSimmeLでは、サーベイやインタビューを入念に行う。加えて、策定プロジェクト自体を全社プロジェクトとし、そういうプロジェクトをやるのだという全社員への周知と、プロジェクトメンバーへの社員の参画を依頼する。組織の基本的な価値観とビジョンを皆で作っていくという企業の姿勢は決して否定されることはないし、周知と協働のプロセスを経ることで共感・浸透具合が大きく変容するからだ。わたしたちがプロジェクトコーチング®を実践する理由でもある。
次にⅡの「経営者の社員に対するコミュニケーション量」について。経営陣が常に発信を行っている組織であっても、「経営陣は社員の現場を理解していない」という不満じみた感情はあるものだ。発信を行っていないと、ことさらその感情が強くなる。その状況下において、突然に経営理念を定めたからとカスケーディングしても共感を得ることは到底難しい。朝礼、社内報、社長ブログ、定期的な懇談会、何でも良い。指揮系統とは別の、ダイレクトなコミュニケーションチャネルを複数確立し、コミュニケーション量を発生させておくことは、共感や浸透を助けることになる。
Ⅲの「浸透方法」について。策定されたばかりのビジョン、ミッション、バリューはただの言葉でしかない。声高らかに宣言するだけでは、価値を発揮しない。したがってSimmeLでは、ビジョン、ミッション、バリューの策定と共に、より具体的な行動規範を策定するようにしている。抽象概念の理解を求めることも大事だが、それらの実現のために、日々の業務の中で守らねばならない思考や姿勢や行動の規範があることの方が、業務の有り様が変わっていく。結果としてビジョン、ミッション、バリューの深い理解につながっていく。行動規範の遵守・追求が評価と紐付いていくと、浸透力は最大限に高まる。このテーマについては別のコラムで詳しく言及しようと思う。
沼田利和